2012年1月8日日曜日

宮城、福島の冬

復興には時間が掛かる。それを実際に見て来た2日間。2012年1月7日(土)6:00スタート→東北道白石IC→名取市→閖上→石巻→松島12:00の観光船・豪華な海鮮丼と牡蠣の昼食→女川。戻って仙台泊。8日(日)一路福島飯坂ICへ→千貫森→川俣町農村広場。その後日光で参拝。夕飯食って21時帰宅。2日間で約1,300kmを踏破。愛車セレナよ良くやった!
石巻の元ファミリーマート


ポールサインの右奥に、下の「鯨大和煮缶」がある

声も出ない凄惨さだ

中央分離帯に転がっている

周りと比べるとそのデカさがわかる

石巻市役所は意外とお洒落

福島県 川俣町の仮設店舗は元気に営業中!

防寒対策は少しずつされたようだが、さすがに寒そうな仮設住宅だった

松島の被災状況(遊覧船の掲示物を撮影)。遊覧船のチケット売場で170cm弱の浸水だった

これも掲示物を撮影。この辺りの水は130cm程度だった。すでに大半の観光施設が通常営業をしている。観光地松島から立ち上がろうと言う、意気込みが伝わって来る

名取市、廃墟に残った古墳

すべての瓦礫が片づけられたわけではない。名取市


女川町。倒れたビルはまだそのままだ

どれくらいの力が津波には有ったのか

鉄筋の建物以外は何もなくなってしまっている

町の中央部

津波はあの入江で盛り上がって女川町を遡った


高台で無事だった熊野神社。女川町

根こそぎ倒れたビル


車が車庫に入ったまま倒れたビルも有った。女川町


女川港から震源地方向を見る

ここにも倒れたビルが有った。女川町


今は更地になっているがここにはファミリーマートが有った。仮設のトイレはどこも糞尿が溢れている。女川港

JR石巻線 女川駅のプラットホーム

確かにホームの面影を残す

女川駅ホーム跡地からの風景。月がこれから被災地を照らす

女川駅入口に近いあたりと思われる残骸。在りし日の女川駅をGoogle画像検索などで見て下さい。その差に驚きます。それら画像では、チリ地震の津波ラインも見ることが出来ます。

閖上地区。壊滅してしまった

土台だけ残っているのが痛々しい

閖上湊神社。右の碑は戦没者慰霊碑


背景は見渡す限り何もなくなってしまった閖上集落


卒塔婆が悲しい。まっすぐ立てようと試したが台座はブロックだし、強風なので出来ず、そのままにした。
合掌

ここからはオマケ。
福島駅から川俣町へ向かう途中に有る飯野町「千貫森」頂上のUFOコンタクトデッキへ念願の登頂。最後にユータンと言うエイリアンが居た...

これがコンタクトデッキ。ここまで登るのは結構大変。
苦労して行ったところで余り見晴らしは良くないし、UFOも来ない。
5月に新井ちゃんと行った時は雨後で道が悪くて登らなかったけど、正解だった!

最終エイリアン・ユータンの台座に書かれた意味不明のメッセージ。
だいたい、ここの上空は国内航空機の航路になっているではないか。
こんなところにUFOの基地があったら、機長たちはしょっちゅう目撃してしまうことになるゾ

だいたいUFO物産館でとび魚ラーメンを誰が喰うのか!

2011年12月27日火曜日

小瀬嬢婚約記念パーティー

結婚式はハワイだそうです。


禁無断転載

ボケ具合サイコー


マジックを披露しているのではない



火花出た!






KARAより上




キャサリン・ゼタ・ジョーンズ(笑)



寒い外で何がそんなに楽しいんだろ(笑)


2011年6月2日木曜日

アラブ探検隊 ~シリア・ダマスカス到着~

ロイヤルヨルダン航空バンコック発アンマン行きはクウェート、サウジ上空を順調に飛んで、ヨルダンの首都アンマンに有るクイーンアリア国際空港に着陸した。荷物が出て来るのを待ちながらカートを探しに行くと、暗い眼をした青年が有料だと金額を言った。

詳しい単価やレートは忘れてしまったが、ヨルダンの通貨であるヨルダン・ディナール(JD)で払うと100円程度、US$だと2ドルとか、ともかく「ドルで払うと2倍」程になる。であって、これはここのみならず、アラブ探検旅行中、これからどこでも遭遇することになる。

カートを借りて荷物を積み、外に出てタクシーのドライバーにとりあえず「アブダリ・バスターミナル」と告げる。
どこへ行くのか? と聞かれたのでダマスカス、と言うと「ダマスカスへ行くドライバーが居るツーリストが有る」と言うので、バスターミナルでなく、そこへ運んでもらうことにした。

ドアに「Damascus」と書いてある町外れの民家のような建物の前に停まり、タクシーの運転手が話をしに行って戻ってきた。ドライバーが来るからここで待て、と言ってタクシーは去った。
10分ほど待っていると明らかに今起きたばかりの正統派アラブ人が埃だらけの毛布を持ってやって来た。車に乗れと言うので荷物をトランクに積んで乗り込む。tanakabuchoは助手席、家族は後部座席。埃だらけの毛布は運転席と助手席の間に置かれた。
黄色のBuickだったと思うが、幅広のアメ車で広くて快適だった。

料金は100ドルで交渉成立。「1回100ドル」と言うのもアラブの決まり文句だ。我々からすると100ドルで約200kmの距離を国境またいで5人乗っけて運んでくれれば飛行機よりは勿論安いし御の字だが、アラブ人から見たら相当の価値・金額だろう。
そう言うわけでアラブ旅行イコールUSダラー集めなので注意が必要だ。

古風な町並みが素敵なアンマン市街を抜けて、やがて車は砂漠の一本道に入り、国境に向けて北上する。
砂漠は砂ではなく砂礫が粒々で、ざらざらゴツゴツしたタイプだ。
車窓に見るものも何も無いが、道中にただひとつだけ、道路標識が有った。
「直進シリア、右折イラク」である。たまにイラクで日本人も犠牲になるが、彼らはそこを右折したに違いない。まったく南無阿弥陀仏な交差点である。

快適にとばしていたらどうやらスピード違反で捕まったらしい。ドライバーが降りて行き、警官と話し、しばらくして戻って来た。しかし例えばこの辺でHOLD-UPでもされたらイチコロだったなぁ。でもその辺はアラブよりむしろアメリカの方が危なかったりするんだろう。がめつさを除けば人は良いんだよなぁきっと、アラブ人は。

やがてドライブインが現れ、トイレへ行き小休止。ドライバーは後ろのナンバープレートを上げた中に有る給油口へ、ガロン缶から自分でガソリンを補給した。そしてドライブインの店でお菓子を大量に買い込んで車に積んだ。シリアで売るか卸すかするのだろう。

さて、いよいよシリア国境が近づいて来た。
シリアへ入るには緩衝地帯を通らねばならないから、陸路では車で無いと入国出来ない。
シリアへ近づいたのは一目瞭然で解る。アサド大統領のどでかい肖像画が道の両脇にずらりと並び始めるからだ(ちなみに今のアサド大統領は当時の大統領の次男)。
我々はこれから独裁者が君臨する社会主義国へ入るのである。

緩衝地帯前で一度パスポートと荷物のチェック。
国境で再度チェック。
イミグレーションは問題なく速やかに抜けた。ngaamが取ってきてくれたVisaのお陰である。
入国カードが硬い大きな紙(大昔の国鉄の硬券切符のでかいやつ)なので持ち歩きに難儀した覚えが有る。
ともかくもシリアへの陸路入国は割とあっけなく完了した。

シリア側の緩衝地帯を抜けて今一度チェックを受けた後、砂漠から徐々に町へ入って行く。
妹に電話をしたかったが今まで物理的に電話機が無かった。
その内、こじんまりとしたドライブインを見つけて休憩。電話機が有ったので電話を試みるが、結局掛け方がわからずに断念した。

このままホテルまで行けるのかと思いきや、ダマスカス(以下、ダマス)の街の中で「ヨルダンの車が入れるのはここまで」とドライバーに通告されると同時に群がってきたダマスのタクシー運ちゃん連中に勝手に荷物を出され積み込まれる。この「群がり」もアラブの日常茶飯事の光景だ。
大騒ぎしている運ちゃん連中から冷静に1台を選ぶ。

さて、ようやく妹と落ち合うホテルに着いた。
朝、アンマンに着いて、ダマスのホテル着は確か13時~14時頃だったか。ともかく旅前半の大冒険、陸路国境越え・社会主義国入りは無事に成し遂げた。

フロント(ここから先、店員や従業員はすべて男です)にMiss Junko Tanakaがチェックインしているかと聞くと、Yesと言って部屋番号を教えてくれた。

妹は、何の連絡も寄越して来ないが多分アンマンには着陸してるだろうはずの兄達にじれながらも、きっと来るだろうと早めにチェックインして待っていたらしい。
感動の再会の瞬間であったが、安堵でビールを飲んでしまったtanakabuchoはその辺の事を良く覚えていないのであるが。

【まとめ】
「2倍」「100ドル」「群れる男達」。初日に早くも3つのアラブ事情を学んでしまったのであった。

(続く)

2011年6月1日水曜日

驚愕!福島県飯野町千貫森で未知との遭遇

何でも福島県飯野町に鎮座する千貫森(せんがんもり)ではUFOの目撃事例が際立って多いらしく(ホントか?)、その理由は千貫森はピラミッド(人工物)で有り、強力な磁場が地底に有って、山自体がUFOを呼び寄せるパラボラアンテナの役割を果たしているからでは無いかと言うことだ。

「UFOふれあい館」には資料展示と宇宙人の模型が有り、なかなかよく出来た3Dシアターで上記ナレーションを聞いた。

2Fが広間の休憩室と展望風呂、と言うところが渋い「町おこし事業」(その名も「町にも宇宙人を呼んでみっ会事業」)だが、同じストーリーの名著「ロズウェルなんか知らない」との関係は調査中。

※1 福島駅から川俣町へ行く途中に「たまたま有った」ので寄ってみたのであって、決してこれを目的に出張したわけでは無いので誤解無きよう。

※2 千貫森頂上「UFOコンタクトデッキ」へは、残念ながら前日までの雨で足場が悪くて登れませんでした。残念!

千貫森山は確かにきれいな円錐状で、ピラミッドもしくは大型の古墳と見えなくもない

UFOふれあい館(もうちょっと良いネーミングに出来なかったものか)脇にUFO道入口があり、10分ほどで頂上のコンタクトデッキまで登れる。今一度出直して一度登らねばなるまい

この辺は相当苦しいところではあるが、キャラが立つところまでは到底行っておりません

いやー、福島県内陸部の「森の深さ、緑の深さ」に驚きました!
続きは実際に見るに限る!

2011年5月31日火曜日

本日の福島県伊達郡川俣町の写真

本日の福島県伊達郡川俣町の写真です。
2011年5月31日AM撮影。

農村広場の仮設住宅。160戸の建物は建築済み

照明灯の後ろが出店予定場所だがここにはまだ建物は無い。手前は現場事務所


現場事務所側面

NTTの電柱を入れて、現場事務所を望む

一本下のNTT電柱

電柱の追加工事中

当初2店目の出店と言われていた川俣町体育館

体育館の駐車場。仮設住宅建設の動きは無い