色んなことが起こり過ぎた3泊4日。
奄美大島は、そのすべてが「非日常」だった!
----
MOI9回想録
----
まだ5月初旬なのに素早く誕生した台風6号は我々の奄美行きを妨害するがごとく、フィリピン沖から沖縄先島、本島そして奄美大島を射程圏に入れていた。
やがて足早に北上しそうな気配に変わった。しかし安心するのも束の間、更に南方海上に台風7号が発生した。
我々先発メンバーが奄美に到着する2日前、6号はまさに我々が泊まらんとするキャンプ場の上空をこれみよがしに通過して行った。
13日は台風一過。急きょ参加したジンちゃん旦那とジンちゃん(以上、ジンちゃんズ)と3人で着いた14日の奄美は薄曇り。
「台風はたった2時間で過ぎて行きよった」と西郷レンタカーGAL。威力がかなり物足りなかったらしい。
思えば一昨年の6月。
三宅島を目指していた我々に、どかんと座り込んだ台風3号。
東海汽船をキャンセルし、JOI(June Of Islands)7はJONIと呼び名を変え、我々は新潟へ避難した。
2年後の長老還暦祝いを奄美大島で。
奄美でやるならJOIでなくてMOI(May、5月ですね)にすべき、と言うジンちゃんのひと声で決行日は2015年5月15日(金)~17日(日)に定められ、「構想2年、滞在4日」のMOI9奄美大会は2015.4.7@ひばりヶ丘「コードネーム:alouette」会議を頂点に極秘裏にも綿密に計画された。
タナカ隊長はテント2個と隊備品、個人備品を詰め込んでヘビー級のスーツケースを仕立て上げた。破裂に備えてベルトを2つ巻き、鍵部分にはガムテープを巻いた。
そしていよいよ、台風6号と7号の挑発を受けつつも、出発日はやって来た。
5/14(木)
羽田空港チェックインカウンターでスーツケースを置くと41.6kgだった。
通常20kg、特権で+20kgまで無料なので1kg超過分400円を支払ってくそ重たい荷物を積んでもらった。
到着後にレンタカーを運転するのでラウンジでビールを控えめに(4杯)飲む。
空港でジンちゃんの旦那が同級生の親に会った。
島はもうすでにここから始まった。
ちなみにジンちゃん旦那は今日になって急きょ参戦が表明されたのであった。
西郷レンタカーもジンちゃんズのお友達だった。レンタカーは島キャンプにジャストフィットの4ナンバーのライトバン。クソ重たいスーツケースも楽々INだ。
まずはキャンプ場を目指す。どんな道具や器具を使えるか、まず見てから買い出しへ行こうと言う算段である。
空港から30分ほど。目指す渡連キャンプ場に着くと、今にも軽トラで出掛けそうな島おじさん(あるじ(66))がいた。
「キャンプに来ました!」「予約した人か!クルマはそこに止められる!」
こんなに広い島なのにキャンプ場に駐車場は無く、「路駐かよ」であった。
キャンプ場へ入ると驚いた。テン場は芝生。至る所に水道と電気が有り、特に素晴らし過ぎるのは母屋入り口すぐ脇にある冷蔵庫と、目の前のプライベートビーチ!
さすがにウミガメが産卵に上がる浜である。もちろんこの時は、まさか実際にウミガメの産卵を見られようとは、つゆほども思わなかったのだが。
買い出しである。ビッグ2である。店前に深紅の巨大のぼり旗がはためく。
ここは凄い。フロアが広い。左端の酒~食料品から日用雑貨文房具服靴キャンプ道具釣り道具ゴルフ道具日曜大工100円ショップその他もろもろ、ワンフロアで何でも揃う。
ビッグワンで無くビッグ2なのがまたおくゆかしい。
早速メニューを考えながら買い物を始める。買っている最中に鶏肉チューリップの旨そうなのを見つけてしまい、ルーもスーツケースで運んで来ていることなので今晩は「クリームシチュー」に決定する。ジャガイモでなくキャベツで作ることにした。
カツオとシビの骨を買う。煮付けると旨そうだ。両方とも50円が20%引きで40円だった!
生姜も忘れずに。にんにくは長老が沖縄から持って来ることになっている。
花田のミキも買う。1Lにするか迷ったが500mlで正解であった。
ミキは寝かせておくと酔拳の酒に変わる妙な飲み物。主成分はコメだがさつまいもと白糖の味付けで太りそうな甘さ |
肝心の黒糖焼酎を買うのを忘れたが今晩長老が沖縄から泡盛を運んで来るのでそれをアテにした。
旦那はオカヤドカリを餌に1匹釣って来た。早速焼いて頂く。
飯を喰い終え20時に長老を迎えに出た。
那覇7:00発のフェリー「波之上」は20:30に奄美大島名瀬港に着く。何と13時間半の長旅だ。
20:20頃着いたらしい長老から電話が入るが電波状態が悪く話せない。
ようやく「もうちょっと待ってて」と伝えたのが20:40頃。その後15分くらいで、埠頭の道端に沈み込む長老と邂逅した。
待たせて済まなんだ、長老!
長老は元々チャリを持って来て、港からキャンプ場までチャリ移動の計画だった。
クルマで40分も掛かる峠越え。持って来なくて正解だったでしょう、きっと。
取って返してキャンプ場。長老は飯を喰い、泡盛を頂く。晴れて満天の星空。テントを張る。
ウミガメを観るなら3時起床と言われつつ12時消灯。ジンちゃんズは今晩は実家泊り。ひと時の別れ。
目が覚めたのは4:30だった。
5/15(金)
快晴
快晴
起きると暑いので冷蔵庫からまずビールを出す。飲んでいるとあるじから「久々にウミガメが出た。大いびきで寝てて起きて来ないから置いて行った!」と残念な報。
浜へ見に行くと50m位のところに産卵場所が有った。
アカウミガメの母は手前の足跡を上り産卵。産卵を終えると平らにならしてカムフラージュする。そして奥の足跡を通って海へ戻った。上ってから帰るまでおよそ2時間だ |
16日は新月で最大の干潮。実はこのシチュエーションはウミガメの産卵に絶好なのではないのかと、何となく狙っていたのが現実になった気がした。
そしてそれは、明日未明には絶対に見られると言う確信に変わった。
きっちりと冷蔵庫で冷えたビールを数本飲み、9時頃にはやって来るだろうジンちゃんズを待つがそこは島時間、なかなかやって来ないので腹も減り、今日2回目の朝飯になるあるじを交えて3人でポーク卵とシチューの朝飯を喰った。
今日は大野ちゃんが14:45に空港着。14時に迎えに出ることにしてそれまで潜り(ジンちゃんズ)と釣り(長老と隊長)に別れた。ジンちゃんズは姫さざえやシラヒゲウニなどを捕獲。長老組はその名の通りボウズ。13時に素うどんの昼飯(天ぷら(かき揚げ)を作ろうとしてコロッと忘れた)。
シラヒゲウニは人数分だけこじんまりと獲って来てくれた |
8匹入ったハブ箱をクルマに積んで14時出発。空港では大野ちゃん定刻到着&ピックアップ。
その足で向かうのは笠利地区の役場で、目的は「ハブ売り」である。
奄美大島ではサイズを問わず1匹3千円で役場がハブを引き取る。
駆除にカネを掛けられない行政と、収入源に乏しい住民の「持ちつ持たれつ」だが、毒蛇と共棲しちゃうんだから奄美のヒトは凄い。
持って行くと係のおじさんが1匹ずつハブをハブ入れに入れる。小さいのは左、大きいのは右だ |
役場(笠利支所)から程なく、奄美大島における国道58号線の北側の起点が有る。
「かりゆし58」など58号と言えば沖縄のイメージだが実は、
「かりゆし58」など58号と言えば沖縄のイメージだが実は、
- 起点:鹿児島県鹿児島市
- 終点:沖縄県那覇市
- 主な経由地:種子島、奄美大島 で、
路線延長 | 877.9 km |
---|---|
海上区間 | 609.5 km |
そう言う訳でこれが貴重な、奄美の国道58号北側起点 |
そんな国道58号線を通ってビッグ2へ2度目の買い出し。途中でエブリワンをチェックする。1日90万くらい売る店だ。店内製造のサーターアンダギーとデーリィ フルーツサワーを買う。
一旦帰宅(キャンプ場へ、ね)後、必要な物を冷蔵庫へしまってから釣りに出る。
最初に行った堤防は風も強く早々に退却。名瀬寄りの堤防へ移動したがここでもアタリ無し。やがて19時を回ってサンセット&ゲームセット、場所を移して夕陽を撮影。
一旦帰宅(キャンプ場へ、ね)後、必要な物を冷蔵庫へしまってから釣りに出る。
最初に行った堤防は風も強く早々に退却。名瀬寄りの堤防へ移動したがここでもアタリ無し。やがて19時を回ってサンセット&ゲームセット、場所を移して夕陽を撮影。
♪耳をすましたらぁ~「ジュッッ」と言う音がしたんだよぉー♪沈む瞬間にぃ~(清志郎調) |
テン場へ帰宅すると可愛い来客が居た。兵庫から一人旅、何でもマイルが失効するのでノープランで奄美へやって来たという脳天気な娘。
鼻の下伸ばしたあるじは1晩泊めるくせに仮眠と称してわずかしかカネを取らない上に、キャンプ場の中で一番広くて綺麗なロッジを娘にあてがった。若い娘ほど強いもんはない。
3時集合で一緒にカメを見に行くことにした。
晩飯は貝と豚足のバーベキュー、魚の塩焼きと煮付け。ジンちゃん家がくれた材料が大活躍。
鼻の下伸ばしたあるじは1晩泊めるくせに仮眠と称してわずかしかカネを取らない上に、キャンプ場の中で一番広くて綺麗なロッジを娘にあてがった。若い娘ほど強いもんはない。
3時集合で一緒にカメを見に行くことにした。
晩飯は貝と豚足のバーベキュー、魚の塩焼きと煮付け。ジンちゃん家がくれた材料が大活躍。
しこたま飲んで砂浜にブルーシート敷いて満天の星と流れ星を見て、そしてまた12時過ぎてから寝て3時前に起きるというサバイバル路線に突入。北斗七星が巨大。北極星も明るく観える。浜は真北に向いていた。
かくして隊長は2:40きっちり起床。2:55にあるじと娘が起きて来た。我らが他のメンバーものそりと起き出す。
皆赤い懐中電灯を装備して3時。あるじのレクチャーを聞きながら満天の星の下の砂浜を、ライトを消して歩く。月は新月に近くどこにも無いが星明かり明るく、眼が慣れるとライトは要らない。
ライトを消していた方がカメが上がった道を見つけ易い、と教わったのはその通りだった。暗いと流木やら、たまにはカメそのものにケつまづくのには十分注意しなければならないが。
ライトを消していた方がカメが上がった道を見つけ易い、と教わったのはその通りだった。暗いと流木やら、たまにはカメそのものにケつまづくのには十分注意しなければならないが。
程なくして数十メートルのところにカメの道を発見。あるじが先に見に行くともう既に産卵に入っているので安全に近寄れると皆を呼んだ。
かくして初のアカウミガメ(マコと命名)の産卵とその後のカムフラージュ、そして海まで帰る姿を目に焼き付けた。
かくして初のアカウミガメ(マコと命名)の産卵とその後のカムフラージュ、そして海まで帰る姿を目に焼き付けた。
神秘的、と言う以外に言葉が見つからない神秘さであった。
兵庫県の娘は一泊必中でウミガメ産卵を見た。相当なあげまんだったのかも知れん。
砂浜へ産卵に上がって来るのはメスだけで、オスはずっと海の中に居る。アオウミガメはその辺に棲んでいて龍郷港辺りで釣り針に引っ掛かることも有るが、アカウミガメは遙か南米の海まで繰り出す。
卵を産みに来る母浜(ぼひん)がそれぞれの母ガメに有るらしいが、今回あるじの浜へ産みに来た「マコ」がこの浜の生まれかどうかは、孵化した子ガメにタグを打てるわけでは無いので「わからない」。
以上が観察しながらあるじに教わった事。
翌日の晩、パンチ漁師(レイミさんの夫で元シェフ(天皇陛下に油ゾーメンを出したことがあるらしい)。詳細後述)が奄美弁で語ったところによれば、「カメは守られているから増える一方だ。海中では魚が棲むはずのところを、カメが占拠している。漁師からすれば迷惑はなはだしい。適量のカメを獲るべきだ」..ハブと共棲、カメと共棲。
奄美のヒトは課題が沢山なのである。
兵庫県の娘は一泊必中でウミガメ産卵を見た。相当なあげまんだったのかも知れん。
ピンポン玉大の卵をボトボトボトと連続で産み出す。あるじはタグを確認している |
卵を産みに来る母浜(ぼひん)がそれぞれの母ガメに有るらしいが、今回あるじの浜へ産みに来た「マコ」がこの浜の生まれかどうかは、孵化した子ガメにタグを打てるわけでは無いので「わからない」。
以上が観察しながらあるじに教わった事。
翌日の晩、パンチ漁師(レイミさんの夫で元シェフ(天皇陛下に油ゾーメンを出したことがあるらしい)。詳細後述)が奄美弁で語ったところによれば、「カメは守られているから増える一方だ。海中では魚が棲むはずのところを、カメが占拠している。漁師からすれば迷惑はなはだしい。適量のカメを獲るべきだ」..ハブと共棲、カメと共棲。
奄美のヒトは課題が沢山なのである。
5/16(土)
快晴
快晴
起きると暑いので冷蔵庫からまずビールを出す。昨日の残り物と目玉焼きの朝飯。毎朝きりっと冷えたビールで朝飯を迎えると言うのは実に誠に素晴らしい。
今晩は長老60周年記念パーティーにジンちゃんズの友達たちが集まる。
昼飯は奄美名物鶏飯(けいはん)を喰いに外のレストランへ出る。
本日11:30頃に最大の干潮を迎える。普段行けないリーフの先の先まで歩いて行ける。
そう言うわけで今日の予定は
「午前中釣り」、「昼は外食」、「夕刻戻ってパーティーの準備」、と相成った。
昨日買って来たオキアミを持って釣り場まで歩く。
13時、鶏飯を喰いに出発。カンカン照りの中、魚のアタリも無く早々に釣りを諦めて引っ込んだ生物学上の女子ふたりは既にビールを飲み進めており、必然的に運転手は隊長になった。
レストランが有る「ばしゃ山村」はジンちゃんズふたりがかつて働いていたところで、ふたりが出逢った想い出の場所だ。上品で旨い鶏飯と油ゾーメンを喰った後(隊長以外はもちろんビールも飲んだ)、アイスと氷を補給してテン場へ帰宅。
風が強まり天候悪化の気配で、洗濯物を取り込んだりして雨仕舞を始める。
やがて夕立。
数十分で止むかと思ったら1時間以上降り続く本格的な雨になった。気温が下がって一気に過ごし易くなる。
飯を炊こうと電気釜のスイッチを入れたら水が出なくなった。調べると停電してポンプが止まっていた。様々対応するが幾度もブレーカーは落ち、出掛けていたあるじを呼び戻してしまった(ツタヤへDVDを返しに行くところだったらしい)。
どうやら原因は電気釜の故障で、こいつさえ繋がなければブレーカーは落ちなくなった。コメはあるじの厨房のガスで炊く。
やがて夕方5時。
一番乗りは諏訪さん家族4名。パーティー用料理のお手伝いを頂くと流石に手際が良い。
この後、夜8時頃に次の家族、そして3家族目は夜の12時到着!と言うんだから「島時間」の悠長さには驚きだ。
雨は上がり、ジンちゃん旦那と隊長は長老に内緒で60キャンドル作りに入った。反省点はやはり「火薬を使うべきであった」、であろう(苦笑)
そうこうしている内にビッグ2ご家族とレイミさんが合流して大勢になって来た。点火の機は熟した!
(みな声を揃えて)
♪ハッピバスデーチョーロー
♪ハッピバスデーチョーロ↗
♪ハッピバスデーハッピバスデー、ハッピバスデーチョーロー
(もっと速く)
♪ハッピバスデチョロー
♪ハッピバスデチョロ↗
♪ハッピバスデハッピバスデ、ハッピバスデチョロー!!
(ぱんぱんぱぱんぱぱんぱn←クラッカーの音(拍手~!!)
点火!
消火!
実は今回の白眉はここから。
2:45、浜のパトロールに出たのはジンちゃん旦那と隊長と、既に酒に飲まれたジンちゃんの3人。
足跡を探そうと波と平行に歩き、波打ち際へ赤い懐中電灯を向けたその時!
ちょうど海から浜に上がって来たばかりのウミガメの顔を真正面から照らしてしまった。慌ててライトを逸らして皆で10mほど下がってしゃがみ込んで様子を見る。
ジンちゃんの意識は既に混濁している。我ら男たちも睡魔との闘いである。
暗い中、眼をよーく凝らして見ていると黒い塊が左から右へ移動している。ウミガメである。ライトを当ててしまったのでもしかしたら驚かせて海へ戻っちゃたかも、と言う心配は杞憂に終わった。(命名)カコはこの場を産卵場所に決めたようであった。
浜の上り下りをする時のウミガメの歩みは速い。カメが遅いと言うのは子供の頃からの刷り込みで、実は結構速い。そりゃウサギには負けるが、カメだってそんなに馬鹿にしたものでは無いのだ。
5分ほど待ってそろそろ産卵位置が決まったか確認しに行くと案の定、カラダを回して円を描いて地ならししているところだった。場所づくりが終わるまでもう一度離れる。
さらに5分後。ようやく産卵場所を決めたらしく産卵用の穴を掘り始めていた。よく見ると一度草付きまで上がって、上がり過ぎたので戻って来ている。
もうちょっと詳しく説明をすると、ウミガメの卵は海水に触ると孵化しない。
よって母ガメは波の来ない所、即ち砂浜の上部を目指す。
砂浜の上部には草が生えている(草付き)。ここまで上がっちゃうと砂が硬くて掘れないので、大抵は草付き手前に産卵することになるのである。
卵を産み始めたカコを置いて、我々も眠ることにする。
今晩は長老60周年記念パーティーにジンちゃんズの友達たちが集まる。
昼飯は奄美名物鶏飯(けいはん)を喰いに外のレストランへ出る。
本日11:30頃に最大の干潮を迎える。普段行けないリーフの先の先まで歩いて行ける。
そう言うわけで今日の予定は
「午前中釣り」、「昼は外食」、「夕刻戻ってパーティーの準備」、と相成った。
昨日買って来たオキアミを持って釣り場まで歩く。
13時、鶏飯を喰いに出発。カンカン照りの中、魚のアタリも無く早々に釣りを諦めて引っ込んだ生物学上の女子ふたりは既にビールを飲み進めており、必然的に運転手は隊長になった。
レストランが有る「ばしゃ山村」はジンちゃんズふたりがかつて働いていたところで、ふたりが出逢った想い出の場所だ。上品で旨い鶏飯と油ゾーメンを喰った後(隊長以外はもちろんビールも飲んだ)、アイスと氷を補給してテン場へ帰宅。
風が強まり天候悪化の気配で、洗濯物を取り込んだりして雨仕舞を始める。
やがて夕立。
数十分で止むかと思ったら1時間以上降り続く本格的な雨になった。気温が下がって一気に過ごし易くなる。
飯を炊こうと電気釜のスイッチを入れたら水が出なくなった。調べると停電してポンプが止まっていた。様々対応するが幾度もブレーカーは落ち、出掛けていたあるじを呼び戻してしまった(ツタヤへDVDを返しに行くところだったらしい)。
どうやら原因は電気釜の故障で、こいつさえ繋がなければブレーカーは落ちなくなった。コメはあるじの厨房のガスで炊く。
やがて夕方5時。
一番乗りは諏訪さん家族4名。パーティー用料理のお手伝いを頂くと流石に手際が良い。
この後、夜8時頃に次の家族、そして3家族目は夜の12時到着!と言うんだから「島時間」の悠長さには驚きだ。
スワ・ハナちゃん(チビ)はホントにまったく言う事を聞かない。それはさておき、可愛い子供たちだった |
例によってメイキング オヴ。旦那のテグスの扱いは天下一品だ! |
(みな声を揃えて)
♪ハッピバスデーチョーロー
♪ハッピバスデーチョーロ↗
♪ハッピバスデーハッピバスデー、ハッピバスデーチョーロー
(もっと速く)
♪ハッピバスデチョロー
♪ハッピバスデチョロ↗
♪ハッピバスデハッピバスデ、ハッピバスデチョロー!!
(ぱんぱんぱぱんぱぱんぱn←クラッカーの音(拍手~!!)
点火!
消火!
ローソクを消したら火吹きに! こりゃオモロイ!ちびっこらも写真を撮る |
夜10時になり諏訪さん一家4人は帰ったものの残りのメンバーの酒はますます進み、そのまま眠る者、くだを巻く者、前後不覚に陥る者等々が現れ始めた。
レイミさんのご主人のパンチ漁師(何でも昭和時代を彷彿とさせるパンチパーマで、オヤジさんはアイパーらしい)待ちだがどうやら目標到着時刻は0:30頃とのことだ。
- やがて0:30少し前にパンチ漁師は素晴らしい獲物を持って登場し、素晴らしい手さばきで我々に素晴らしいネタをご馳走してくれるのだがあえて詳しくは書かない。
みな想像してくれ給え!
みな想像してくれ給え!
時刻は2時を回った。2時半には蛍光灯を消しておかないとあるじに怒られる。灯りが点いているとウミガメを迷わせてしまうのだ。2家族が順次帰宅。片付けをして赤い蛍光灯に点け替える。
パンチ漁師とレイミさんはあの後「ハブいざり」に行ったんだろうか。
パンチ漁師とレイミさんはあの後「ハブいざり」に行ったんだろうか。
実は今回の白眉はここから。
2:45、浜のパトロールに出たのはジンちゃん旦那と隊長と、既に酒に飲まれたジンちゃんの3人。
足跡を探そうと波と平行に歩き、波打ち際へ赤い懐中電灯を向けたその時!
ちょうど海から浜に上がって来たばかりのウミガメの顔を真正面から照らしてしまった。慌ててライトを逸らして皆で10mほど下がってしゃがみ込んで様子を見る。
ジンちゃんの意識は既に混濁している。我ら男たちも睡魔との闘いである。
暗い中、眼をよーく凝らして見ていると黒い塊が左から右へ移動している。ウミガメである。ライトを当ててしまったのでもしかしたら驚かせて海へ戻っちゃたかも、と言う心配は杞憂に終わった。(命名)カコはこの場を産卵場所に決めたようであった。
浜の上り下りをする時のウミガメの歩みは速い。カメが遅いと言うのは子供の頃からの刷り込みで、実は結構速い。そりゃウサギには負けるが、カメだってそんなに馬鹿にしたものでは無いのだ。
5分ほど待ってそろそろ産卵位置が決まったか確認しに行くと案の定、カラダを回して円を描いて地ならししているところだった。場所づくりが終わるまでもう一度離れる。
さらに5分後。ようやく産卵場所を決めたらしく産卵用の穴を掘り始めていた。よく見ると一度草付きまで上がって、上がり過ぎたので戻って来ている。
もうちょっと詳しく説明をすると、ウミガメの卵は海水に触ると孵化しない。
よって母ガメは波の来ない所、即ち砂浜の上部を目指す。
砂浜の上部には草が生えている(草付き)。ここまで上がっちゃうと砂が硬くて掘れないので、大抵は草付き手前に産卵することになるのである。
卵を産み始めたカコを置いて、我々も眠ることにする。
初日はマコ、2日目はカコ。真正面から赤い懐中電灯の灯りを当ててしまったカメがカコ。ポジションが定まり、もうすぐ卵を産み始める |
5/17(日)
快晴
快晴
起きると暑いので冷蔵庫からまずビールを出す。さすがにさっきまで飲み喰いしていて腹が減っていない。ゆっくりめの朝飯にする。しかし、毎朝きりっと冷えたビールで朝飯を迎えると言うのは実に誠に素晴らしい。
個人装備を外に出してテントを干す。寝袋も干す。
スーツケースを拡げて持ち帰るものを集め始める。
シャワーを浴び朝飯を喰って撤収。雨が降ったのは昨夕の1時間ほどだけ。これはこれで涼しくなって助かったし、今朝は好天でテントが乾く。
もし最終日が雨で濡れたままのテントをスーツケースに詰めることになるなら、2張りのテントは奄美大島に置き去りという羽目になっただろう。
ふつか酔いのジンちゃんは一度起きて甲斐甲斐しく働いたが風前の灯火(ともしび)だったらしくその通りエネルギーが切れ、やがて熟睡に入った。寝返りを打ったら地面に落ちる長椅子の上で微動だにしないと言う、見ていて気持ちの良い熟睡さであった。
飛行機で那覇へ帰る長老のフライトが14:10。羽田行きは15:35。
あるじと記念撮影してキャンプ場を12時に出る。45Lペール2つ分の大量のゴミを残して済まなんだ。
空港へ行く前に「あやの丸見物」をリクエストした。
名著「土佐の一本釣り」によれば船乗りはフネのエンジンに女性の名前を付けて大切に扱う。調子が悪ければ「今朝のアグネスはちょっと機嫌が悪い」、と言う具合に使う。
外国では、例えばクイーンエリザベスのように船名に女性名を使うことが有るが、日本の軍艦や客船には無いようだ。但し「〜丸」を標準とする漁船は別である。
そんなあやの丸。当のあやの嬢は相当貫禄がついた感じであるがフネはやがてまた出番を待つように、屋仁港にしっとりと健在だった。
個人装備を外に出してテントを干す。寝袋も干す。
スーツケースを拡げて持ち帰るものを集め始める。
シャワーを浴び朝飯を喰って撤収。雨が降ったのは昨夕の1時間ほどだけ。これはこれで涼しくなって助かったし、今朝は好天でテントが乾く。
もし最終日が雨で濡れたままのテントをスーツケースに詰めることになるなら、2張りのテントは奄美大島に置き去りという羽目になっただろう。
ふつか酔いのジンちゃんは一度起きて甲斐甲斐しく働いたが風前の灯火(ともしび)だったらしくその通りエネルギーが切れ、やがて熟睡に入った。寝返りを打ったら地面に落ちる長椅子の上で微動だにしないと言う、見ていて気持ちの良い熟睡さであった。
飛行機で那覇へ帰る長老のフライトが14:10。羽田行きは15:35。
あるじと記念撮影してキャンプ場を12時に出る。45Lペール2つ分の大量のゴミを残して済まなんだ。
チーズとかバターではなく、アマ・ミー!で撮るのが正しい奄美大島での記念写真の撮り方 |
名著「土佐の一本釣り」によれば船乗りはフネのエンジンに女性の名前を付けて大切に扱う。調子が悪ければ「今朝のアグネスはちょっと機嫌が悪い」、と言う具合に使う。
外国では、例えばクイーンエリザベスのように船名に女性名を使うことが有るが、日本の軍艦や客船には無いようだ。但し「〜丸」を標準とする漁船は別である。
そんなあやの丸。当のあやの嬢は相当貫禄がついた感じであるがフネはやがてまた出番を待つように、屋仁港にしっとりと健在だった。
これを見ずには帰れない、これが夢にまで視たあやの丸 |
これ以上の非日常があるならかかって来い!
と言うくらい恐るべし非日常を重ねたMOI9奄美大島記念大会は盛況の内に幕を閉じた。
そして次回のJOI(or MOI)10回記念大会に続く。
ああ
東源協の道程は遠い
そしてその大道はない
自然の隊員等が 全身の力で拓いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出てきても 乗り越して歩け
この光り輝やく風景の中に 踏み込んでゆけ
東源協の前に道はない
東源協の後ろに道は出来る
ああ、長老よ
我らを一人立ちさせた長老よ
我らから目を離さないで守る事をせよ
常に長老の気魄を我らに充たせよ
この遠い道程のため
(了)
【P.S】
奄美行きの1週間後に出張で鹿児島へ行った。鹿児島市内の58号線を走って来た。
何と国道58号線は、鹿児島市内には数百メートルしか無かったのだ!
鹿児島市内の58号線はここで終わり。次は種子島! |
Special Thanks
----------
Jin chans
Everyone of friends of Jin-chan's
Araki's ”ARUJI”
Big2
Basha-Yamamura
Other Amami Oshima of everyone!!
(再び、了)
----------
Jin chans
Everyone of friends of Jin-chan's
Araki's ”ARUJI”
Big2
Basha-Yamamura
Other Amami Oshima of everyone!!
(再び、了)