2021年12月5日日曜日

♪ご覧あれが竜飛岬北の外れと〜♪

♪ご覧あれが竜飛岬北の外れと〜♪
2021年12月 初冬の奥津軽彷徨記

<初日>
八甲田山死の彷徨から学ぶこと

 東北新幹線はやぶさはたった2時間58分で我々を新青森駅へ運ぶ。
新青森駅は駅前にビジネスホテルとレンタカー屋しかない、よく有るタイプの新幹線駅。
レンタカーを借りてまずは「八甲田山雪中行軍遭難資料館」へ向かう。
1902年(明治35年)1月、八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難し、青森歩兵第5連隊の訓練参加者210名中199名が死亡した悲劇。
同時期に少数精鋭で行軍を成功させた弘前31連隊と、リーダーの在り方や行動の是非が比較され、MBA教材にも取り上げられているノンフィクション。
資料館では係の方の丁寧な案内を聞き、隣接の墓地を御参り。彼らが雪地獄を彷徨した辺りは、あれから約120年経ちクルマで走れる今でも吹雪けば通行止めになるそうだから、白い八甲田は恐ろしいままだ。

積雪の中、立ったまま仮死状態で発見、蘇生された後藤伍長

続いて並びにある八甲田神社で御朱印。
16時からのテレワークに備えて青森駅へ移動。旧青函連絡船八甲田丸を外から見物。
途中で酒を買い込み、津軽半島の西側に位置する津軽中里へ向かう。
津軽中里駅は津軽五所川原駅から始まる津軽鉄道の終点で、民鉄最北端駅。
今日の宿は中里の坂田旅館。16時半には真っ暗になった。冬の北方は夕方4時には移動を終えていないと危険な目に遭いそうだ。


本日の坂田旅館は貸し切り。広間でゆっくり晩酌と夕飯。

<2日目>
エセ太宰

 昨日間に合わずに寄れなかった「斜陽館」。ここまで来たら寄らないわけには行かない。
7時に朝飯、8時チェックアウト。 津軽中里駅を8時26分に発車する津軽鉄道の列車「走れメロス号」を見送る。撮り鉄1名見参。12/1からストーブ列車が始まっている。


津軽中里駅の隣は「ふこうだ(深郷田)」駅。これから斜陽館へ行くには最高のネーミング。
斜陽館の開館は9時。目の前に出来ていた新しいローソンでコーヒーを飲んで開館を待つ。 中に入り係の方の説明を聞く。もの凄いお屋敷。沢山の小作を使い半分のコメを上納させ、金貸しもやっていた当時「青森県第4の金持ち」。
太宰自体は11人きょうだいの10番目、6男。当時の6男坊なんてのは教育を受け終わったら自分で糊口をしのぐしか無かったに違いない。

一時期は旅館として使われていたそうだ

今回の津軽旅に向けては、太宰ゆかりの三鷹跨線橋と墓を巡り、著書からは「津軽」と「女生徒」を読んでおいた「エセ太宰」。
説明してくれた係の女性に持参の三鷹跨線橋の写真を進呈する。マントを着て書斎写真も撮る。全く以てエセ太宰である。


津軽海峡冬景色歌謡碑

 中里から津軽半島西側を北上する道路は既に冬季通行止めで迂回路は半島東側。
斜陽館を出て中里方面へ戻り、十三湖の手前でやまなみラインに入る。
この道は半島の東西を結ぶ生命線として融雪設備も整っている。半島の真ん中に高い山が無いので峠越えは楽、道幅も広い快適な横断道路。
やがて左折して北海道新幹線奥津軽いまべつ駅。
新幹線駅とJR津軽線の津軽二股駅、道の駅が同居する巨大モニュメントが荒涼とした土地に突然現れる。

海峡線(青函トンネル)は新幹線よりも貨物列車が頻繁に行き来している。
ほどなく青函トンネル広場。ここでは青函トンネルに入る/青函トンネルから出て来るはやぶさを見ることが出来る。タイミング良くほんの数分間で上り18号と下り5号が通過した。雪が舞い始めたがはやぶさ接近の時は小降りになった。色々とラッキーだ。

右が青函トンネル。東京へ向かうはやぶさ18号が出て来たところ

更にクルマを北上させると、太宰が「鶏小舎」「本州の袋小路」と書いた津軽半島ドンツキの竜飛集落。住まわれている方には失礼ながら本当に寂れている。有名な港を抱える向かいの下北半島大間岬よりも相当寂れ度が高い。
太宰が書いてから約80年、斜陽館のお屋敷から見たら鶏小舎。でもきっとその頃から風景は余り変わっていないのだろう。

展望台方面に坂を上がると有りました! 石川さゆり「津軽海峡冬景色歌謡碑」!
津軽海峡越しに遠く北海道を見渡す崖沿いに建つこの歌謡碑には歌詞が掘られている以外に何と、ボタンを押すと曲が大音量で流れると言う仕掛けが付いている。
早速ビデオを用意してボタンを押すと度肝を抜く超大音量。風の音に負けないようにしているんだろうけど、我々3人しか居ない殺風景な地に流れるイントロはさながら暴力的だ。

唄は2番から始まります
動画

更に上がると階段国道「上」、そして灯台。ここは360度のパノラマを楽しめる。この日唯一の、我々以外の観光客とすれ違う。今この広大な岬にたった7人しか居ない。
気候の良いときに来れはバイク乗りとか一杯居て混んでいるんだろうけど、歌謡碑の津軽海峡冬景色は独り占めして聞きたいものだ。寒い地へは寒いときに行くに限る。
そもそも津軽海峡「冬景色」なんだからここで冬以外に聴くのは邪道にほかならない。

新幹線が真下を通る龍飛崎温泉 ホテル竜飛(この地は龍と竜、崎と岬がごちゃ混ぜで厄介だ)併設のレストラン海峡で鍋焼きうどんの昼飯。寒さを腹の中から暖める。

ホテルのロビー内にある測量基準点鋲

山を降りて海岸線へ。果てから順に「階段国道『下』」「龍飛岬郵便局」「太宰治文学碑」。 竜飛岬でやることはすべてやったので往路をトレースして半島最終課題の三厩駅。
ここはJR(津軽線)の半島最北端駅。ここも寂れ感甚だしい。
ちなみに営業係数(100円稼ぐのに幾ら必要か、を示す数値。100未満なら黒字。JR東日本としては公表していない)は恐らく2000円超えの超赤字路線。

かの宮脇俊三先生も来られたのであろう、最果ての三厩駅

新幹線が出来ると並行在来線は廃止か3セク化の運命を辿るが、津軽線はそのまま存続され生き永らえている。これは、新青森以北の新幹線はJR北海道、津軽線はJR東日本と管轄(お役所)が分かれている為です。

八戸の夜

 240km走ったレンタカーを返し、八戸へ移動。盛岡以北のはやぶさは指定席を取る必要は無く、空いている席に座れば良い。八戸駅でまたもレンタカー。本八戸のホテルにチェックイン。市街の居酒屋で飲み放題とイカ攻め。
八戸はイカ、鯖、鶏の街だ。
2軒めでふらりと入ったカラオケ。文子(フミコ)ママの好みは宇崎竜童だった。
一期一会、お世話になりました。

 <3日目> 
突撃!カオスワールド

 ホテルを0630にチェックアウトして館鼻岸壁朝市、カオスな巨大朝市で買い物と朝飯。中々の規模。朝飯はそばをチョイスしてトッピングは揚げ餅。喰いすぎたけど美味かった。 

散策しながら昆布、ふのり、にんにく、ブーメランなどを買う。
にんにくは後の八食センターよりもかなりお買い得だった。


お次はウミネコの営巣地で有名な蕪嶋神社。しかしウミネコが渡って来るのは2月半ばとのことで、今は不気味なほど綺麗で静か。
全焼から再建した本堂でお参りと御朱印。すべてはやがてウミネコの糞まみれになる。

全焼から再建なった立派な本堂。霊験あらたか(の筈)

帰路のはやぶさまで時間が有るので三沢基地へ足を伸ばす。基地ゲート前のスカイプラザ。コストコ商品や払い下げ品も置かれるプチ・アメリカ。米兵も住むせいかどこかキリッとした印象を与える街だ。
ダイエット・ドクター・ペッパーを飲む。東京でも普通に売って欲しいものだ。
何となくシュッとしている

八戸へ戻って八食センター。追加の買い物に昼飯。ガソリンを入れてレンタカーを返し、帰路のはやぶさのヒトになる。
昨日最果てに居たのが嘘のように、あっという間に東京へ運ばれて、今回の最果ての保守探訪の旅も無事に終了。また行きましょう! 

津軽の皆様、色々とありがとうございました!
 (了)

2021年7月24日土曜日

TOKYO2020 自転車ロードレース 府中市・稲城市通過

 

盛り上がり始めたオフィシャルスタート地点の是政橋0kmポストは我が家から自転車で3分

前日の下見で目を付けていた我が観戦ポイントにボランティアの方々がたむろ

地元のおばちゃんらと仲良くなって一緒に場所取り

通過の模様は動画(YouTube)でご覧ください!

レース終了後に0kmポストの記念写真に並ぶ皆さん
我が家付近を五輪ライダーが走るなんて、一生もんの体験でした!
(了)


2021年7月12日月曜日

第二の故郷川上村、南牧村と野辺山JR最高地点へ久々に

コト始めはJR野辺山駅脇に有る[国鉄]最高地点標から

JR野辺山駅脇に有る[国鉄]最高地点標。駅前の無料駐車場にクルマを停めて、運んで来た自転車「快速しらかば号」を下ろした
36年前、レタス畑居候バイトに初めて川上村を訪れた。その時の感動が思い出される。今日はレタス街道を自転車で下って行く

居候バイト時代OL先輩女子との文通に足繁く通った郵便局

吉永小百合様がお立ちになられた位置(信濃川上駅ホーム)

居候させて頂いたのは確かこのお宅。見えている二階の和室があてがわれたものと記憶する(川上村樋沢。蔵が有る豪農でした!お世話になりました!)
その後にも、スキーの前泊に友人と泊まらせて貰いました!!

農作業が終わってからの晩飯前に、たまに毛ばりを振った千曲川。ヤマメが晩飯のおかずになることも有った(川上村樋沢の居候宅から徒歩数分)

信濃川上駅から佐久広瀬駅へ続く千曲川右岸の道の村境。峠になっている

ポツンとした駅舎を目印にレタス畑のあぜ道を下ると佐久広瀬駅

これが駅までのアプローチ道(最後は踏み跡のみ)

佐久広瀬駅の駅舎(待合所)

クルマで行けちゃうけど秘境駅確定!

YouTube動画リンク(小海線223D 小淵沢発小諸行き@佐久広瀬駅)

記憶に有る高原野菜の共撰所。トラクターやトラックで日に何度も納入した。働いていた畑もこの近くのはずだが(川上村樋沢)


最高地点標と、今日も頑張った我が快速しらかば号。最高地点へ戻って来るので当たり前だが、佐久広瀬駅からずっと上り勾配を漕ぎ続ける

標高が一番高い駅は野辺山駅だが、線路の最高地点は野辺山駅より2kmほど清里寄りに有る。鉄道神社も有る。ご神体はSLの車輪

第二甲州街道踏切にて。旧道は荒れ放題、枝や草木が垂れ下がりクルマでは走りづらくなっていた

YouTube動画リンク「清里清泉寮のシカ」

折角なので帰路は大門ダムでダムカード。外出自粛続きでダムカードも久しぶり

第二の故郷川上村、南牧村と野辺山JR最高地点の想い出を辿る旅
2021年7月11日(了)

2021年6月18日金曜日

観ると幸せになる、

 ドクターイエロー武蔵小杉駅通過(2021年6月18日(金)11:55)


2021年5月24日月曜日

儚かった今年のツバメ一家

今年のツバメが巣作りを始めたのは4月7日だった。この場所には毎年来るが、去年はカラスに早々に見つかって、ここには巣を作らなかった

なかなか手際よく、例年よりも大きな巣を作っていく(4月12日)

夜は夫婦でひと休み(4月13日)

あっという間に立派な巣が。すギョい!(4月14日)

産卵をし始めたのか、巣で動かない時間が長くなる(4月15日)

夜はまだ冷えるから大変だ。親の巣も欲しいところ(4月17日)

一所懸命抱卵に務める(5月4日)

もうすぐ産まれそうだから頑張って下さい!(5月5日)

おめでとう!初めての給餌を確認!(5月11日)

雛たちへの給餌が活発になった5月14日

顔を出す雛たち、4羽か5羽か(5月14日)

みんな元気な5月16日の雛たち

大きな口を開ける5月17日

5月18日の早朝

5月19日朝。雛たちを見たのはこれが最後になった(´;ω;`)

5月19日の夜。雛たちが居ないように思えた。この時間ならいつもいるはずの親も居ない

5月20日朝、巣を覗くと雛は1羽も居なかった..昨日いったい何が起こったのか

儚かった今年のツバメたち。また来年ぜひ来て下さい!
(了)