2015年10月31日土曜日

オホーツク決死隊その3(第1回タナカップ)

2015年10月12日(月・祝)ばんえい競馬帯広競馬場第6R(発走時刻17:40)は記念すべき第1回タナカップB3-3。
出走馬は
1 サクラユーホー
2 サカノチサト
3 サスガ
4 サカエキング
5 キタノオーラ
6 ファーストクラス
7 タキニシダイヤ
8 ツガルノウンカイ
9 ヤマノレンポウ
10 ミノルユウセン
以上の10頭。人気は3→5→1→4→8の順だ。
15:55の3レース発走時刻に間に合ったので、3〜5Rで初ばんえい競馬の練習。
パドックはコースのすぐ横にある。サラブレッドと違って体重1トン近く、とにかくでかい。ジョッキーも、小型軽量でなくこちらもでかい。
こいつはその名も「ブチオ」。ブチコは中央競馬の人気牝馬
案内窓口へ行き来場したことを告げると、タナカップが終わってから表彰式をやるので来て下さい、とのこと。どうやらプレゼンテーターを努めさせてくれるらしい。同じ個人協賛競馬でも高知けいばよりお得な感じだ。
やがてイルミネーションに灯がともってナイター競馬の様相とともに、お目当て「第1回タナカップ」の発走。

レースはここ(楽天競馬ビデオ・オンデマンド)で

④のサカエ(栄)と栄一の①で買えば簡単に当たったものを、例によってヒネり過ぎて外れ。結果は①→④→③の三連単4,920円の決着だった。
表彰式でサクラユーホー号で優勝した阿部ジョッキーにサインを戴く
ともかく、10/8(木)嵐の帯広に着陸以来、道東をぐるっと回って何とか帯広競馬場へ辿り着き、メインイベントを完了した。そして今晩はいよいよ道東ツアー最後の晩になった。
今夜の晩飯は北海道の回転寿司「まつりや札内店」に決めている。旨い魚を最後に腹いっぱい喰うことにする。
(もう少し続く)

2015年10月24日土曜日

オホーツク決死隊その2

写真はここに!


10月11日(日)天候:晴れ

おーろら号は網走港から姿を消したものの、ウトロ発知床観光船はこの日の午前中も欠航になった。ゴジラ岩観光その他のフネは出航しそうだが波高く寒そうなので諦めて、知床斜里駅から釧網本線に沿って摩周国道を130km、釧路へ下ることにした。
本来今日の宿は根室にしていたんだが、台風崩れの低気圧で根室が水浸しになったので行っても面白くなかろうと釧路に変えた。北海道は地図で見るより走ると長い(特に道東は高速道路が無い)ので、この変更は正解であった。

最後の知床として、道の駅しゃり横の食堂でイクラ丼を喰ったが、喰っても喰ってもイクラが余るのでご飯をおかわりする羽目になった。ここまでの旅程でカニとイクラを2〜3年分は喰った。
斜里駅は知床斜里駅と名前を変えて小奇麗になり、りん子ちゃんが掛けた公衆電話はどこにも見当たらなかった。
でも列車を降りてりん子ちゃんが渡った跨線陸橋はそのままだった。

この風景で異なるのは駅名(古くは「斜里駅」)のみ
昨日通った硫黄山〜摩周湖脇を通り弟子屈。
大横綱大鵬の出身地だ。温泉卵を食す。
シラルトロ沼、塘路湖を経て釧路。
着いた釧路は大都会!であった。既に最果ての地網走が懐かしい。釧路駅もどうにも面白く無い。
フィッシャーマンズワーフMOOとやらへ行くが寂れ過ぎの失敗作。炉端焼き有名店は仰々しいので繁華街の落ち着いた居酒屋で地酒。タンタカ(カレイ)の刺し身が秀逸。


10月12日(月・祝)天候:晴れ

昨晩釧路駅で見つけた成果物は「厚岸牡蠣祭り」。ちょうど今日が最終日だ。
調べてみると釧路から厚岸までは50kmほど(北海道ドライブに慣れたこの時点では50kmなんて鼻クソみたいなもの)。さすがに魚介類の朝飯は飽きたので、地元のパン屋ピーターパンで焼き立てパンを買ってから厚岸に向かう。
厚岸に入ってすぐの地名は北海道厚岸郡厚岸町ルークシュポール。北海道の地名にはロマンが有る。

あさり他の貝も有るようだがホントに厚岸は牡蠣の町。好天の牡蠣祭り会場
タイミング良く牡蠣にもあり付けた。
それではいよいよ、今晩施行されるばんえい競馬帯広競馬場「第1回タナカップ」へ向かう。目指す昼飯は帯広の家庭から自炊カレーを消したと言われる恐るべしインデアンカレーである。厚岸から帯広インデアンカレー札内店までは170km位ある。13時頃の到着メド。カレーを喰ったら次は競馬場だ。
ルークシュポールを経て釧路へ戻り根室本線と一緒に海岸を走って道の駅しらぬか恋問。さらに根室本線と海岸沿いを走り、やがて帯広市。

インデアンカレーはじっくりまったり美味かった。タッパーなどの器を持ってルーだけ買いに来るヒトが絶えない。まさに帯広の家庭の味なんだろう。
(興奮の帯広競馬場へ続く)

2015年10月14日水曜日

オホーツク決死隊

急に発生してどんどんどんどん巨大化した台風23号は何故か道東それも北方領土直撃と言う稀な進路を選んだ。
10/8(木)朝7:25羽田発女満別行きのJALは前日18時頃、早々に欠航が決まった。代替策を練る。台風の真っただ中では有るがともかく北の大地へは着きたい。着けば何とかなるはずだと思った。7:55発旭川行きは飛ぶらしい。早速旭川行きに変え、レンタカーの手配も変えて明日早朝に備える。

翌朝7時に羽田へ着くと、旭川行きは欠航では無いものの天候調査中でチェックインが中断していた。窓口は長蛇の列、嫌な予感。旭川へ飛べなければ最悪新千歳。着いてしまえば鉄道移動も可能だ。
やがて旭川行きは飛ぶとアナウンスが流れ(小躍りして)喜ぶ。
チェックインはその15分後くらいから行われた。安全に着陸出来ない場合は羽田へ引き返すと言う条件付き運航だ。
JAL763 SKY NEXT機材で快適だが山形県上空に差し掛かった辺りから強風でもの凄い揺れ。tanakabuchoの「人生過去揺れBest3」に入る揺れが続く。それでも当機の機長、田中機長の腕は確かだ。安全な着陸と言えたのかどうかはわからないが、ともかくもの凄い強風下の揺れを御して我々を北の大地旭川へ導いてくれた。アメリカの飛行機なら拍手が湧くところだ。

執念の賜物、わずか30分ほどの遅れで着いた旭川の天候は強めの小雨。レンタカーを借りて一路網走を目指す。
カーナビが示したのは旭川紋別自動車道ルート(全線無料)。このルートは石北本線沿い、となると来春廃駅が決まっている白滝トリオ駅のすぐそばを走ると言う奇跡!に遭遇することになった。
実はこのトリオ駅、今回の旅行で是非立ち寄りたかったが女満別空港から飛ばしても往復4時間掛かるので半ばあきらめていた場所。それが旭川へ飛んだが故に沿線に現れるという僥倖である。
ちなみに石北本線は台風の嵐で今日は終日運休が決まっているから列車に出会えることは出来ない。

上白滝駅
西側(旭川寄り)からまず上白滝駅。
下り7:04発と上り17:08発の1日1往復しかない(初電=終電)と言う日本一列車の本数が少ない駅。

旭川方面隣の上川駅との間は何と34kmも離れていて(その間の駅は既に無くなってしまった!)、上白滝駅17:08発の上り列車は1時間8分も掛けて隣駅上川駅まで走る。

次の白滝駅は廃駅にならず残るのですっ飛ばして、その次は旧白滝駅。上り1本、下り3本。
旧白滝駅を定期券で使い遠軽高校へ通う女子高生が卒業する来春(2016年3月)に、この駅自体が廃駅になると言うもの悲しい駅でも有る。

--引用--
「旧白滝駅」の唯一の利用者の女子高生の卒業とともに廃駅へ…。 : 鉄道ファン悲鳴!北海道の人気『秘境駅』が沢山廃止になりそう… http://matome.naver.jp/odai/2143757001706904401/2143757388911980403
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旧白滝駅
お隣は下白滝駅で本数は旧白滝駅と同じ。各駅舎には寄せ書きノートが置いてあって、「上」「旧」「下」白滝廃駅トリオ(または白滝駅を含めて白滝カルテット)の人気の高さが伺える。

下白滝駅
下白滝駅辺りで完全に嵐になった。落ち葉が舞い暴風雨が真横に叩きつける。車も強風にあおられる。
とりあえずオホーツク海に近づいてオホーツク料理の昼飯を喰わねばと、車を東へ東へと走らせる。強風に冠水、網走湖西岸の峠越えが難所だった。少し後に通行止めになってしまった道だ。
ともかくカニ海鮮丼を喰ってから道の駅流氷街道網走に寄ると、知床観光船(流氷期は流氷観光船になる)おーろら号が係留されていた。本来は知床ウトロに居て、明日の朝我々を知床観光に誘ってくれるはずだったフネだ。聞けばおーろらが網走へ逃げて来るのは26年振りと言うことで、観測史上最強の台風の恐ろしさがわかった(そのど真ん中に居るモノ好きな旅行者も問題ですが)

おーろら号。奥に見えるのは寅さんでもお馴染みの帽子岩
そうそう、車を走らせている内に台風23号は温帯低気圧に変わり、台風情報が発表されなくなってしまった。台風のままずっと北の方へ行って欲しかったのだが、温帯低気圧になってどっしり停滞してしまった。
台風じゃなくなったからと言って風雨は変わらない。温帯低気圧になろうとも台風情報に準じた情報を継続してくれないと渦中に居る者は困るのである。

カニ三昧(毛ガニ、タラバガニ、花咲ガニ、ズワイガニ)の晩飯で網走泊。幸い高台で安全な宿だが暴風雨は一晩中窓ガラスを叩きつける。
夜の街(町)へ繰り出すのは自粛。

写真はここに!


10/9(金)天候:荒天
網走から釧網線の駅を辿りながら知床ウトロへ向かう。おーろらは網走に居るし観光船は全滅だが、知床峠を越えて羅臼へ行くなら今日しか無い。
知床斜里を過ぎてオホーツク海を左に見ながら知床岬先端へ向かって進む。海は大しけの日本海と勘違いするような大暴れ状態。誤って落ちたら即死。
やがてオシンコシンの滝。相当降ったらしく水量がもの凄い。

初めてやって来た知床ウトロの町。
トップシーズンは観光客でお祭り騒ぎなんだろうが、今は(特に今日は)閑散としていて営業している店も少ない。
寅さん知床慕情で「スナックはまなす」になった民宿酋長の家「ちかる」は健在だった。
ついでに書くと、リリーと初めて出会う寅さんが網走で初商売やった場所も健在だった。

淡路恵子がいい味出していた「スナックはまなす」ロケ地
網走で寅さんが「レコード歌手の」レコードを売った場所
知床半島の、ウトロの反対側「羅臼」まで行くことにする。知床横断道路(国道334号線)は冬季数メートルの積雪になり毎年11月初旬から4月下旬まで封鎖されると言う、走れる期間が日本一短い国道だ。
今日の知床峠は大雪でなく暴風雨。しかしここでも僥倖は起きた。羅臼方面の雲は明るいのである!
標高738mの峠を越えて、希望を胸に羅臼方面へ下る。すると山の谷間から海が見え、明らかにその先に島が見えた!
着いた羅臼の町はほんの少々小雨の曇り空だった。
少しでも明るい内に、と急いで羅臼国後展望塔に行くと国後島が見えた!
羅臼国後展望塔で見た北方領土と根室海峡に立つ虹。
ほんの数分後には雲が厚くなって北方領土は見えなくなってしまった
そして何と根室海峡に虹も掛かった。
展望塔の中には北方領土の資料が有る。そして知床旅情が流れていた。思わず口ずさんだ瞬間であった。

ウトロへ引き返す途中の知床峠の嵐は凄かった。
慣れも有っただろうが、嵐はこの辺がピークだったように思う。

ウトロのホテルで晩飯。カラオケスナックへ行って念願の「知床旅情」を合唱する。ついでに防人の詩と北方領土を護るウルトラ警備隊も唄う。飲み過ぎて酔っ払って寝る。深夜になっても雨は部屋の窓を叩いていた。

写真はここに!


10月10日(土)天候:晴れ!
あれほど暴れていたオホーツク海が嘘のようにおとなしくなった。
Before
After















今日は北見まで出てレンタカーを交換する都合が有る。約120km、2時間半を想定。ウトロのホテルを8時過ぎに出て、休憩を挟んで10時半過ぎに北見駅。少々酒が残っていたのでドライブインで昼寝。14時過ぎに女満別空港を通過し摩周湖まで南下。トップシーズンは霧が多くて見られない日が多いらしいが今日はくっきり。見事なカルデラ湖だ。
第3展望台からの摩周湖
道中通る川湯温泉の近くは硫黄山からの硫黄臭がもの凄い。トウフツ湖まで戻ってオホーツク海沿いを再び網走へ戻る。オホーツク料理の晩飯、網走泊、バイキングの朝食。

写真はここに!


10月11日(日)天候:晴れ(続く)