2023年7月20日木曜日

ア・メイキング・オブ・フューリー

先輩プラモ仲間とたまたま「泥」の話になり、ブラピのフューリーを思い出してヨドバシへ出向き、Netflixを繰り返し観て「地雷踏んでスタックする直前のフューリー号」をイメージして、この製作は始まった。

目指したのはこれくらい汚れた車体

ブラピのタンカースジャケットも研究した

仲間たちのいでたちや服装も出来るだけ再現することにした

そう言うわけでまずフィギュア5人組の塗装から入った。フィギュアが上手くいけばきっと戦車本体のモチベーション維持も上手くいく(先輩談)

少しブラピに似て来た?

塗装前の戦闘員仮設。履帯には錆び色のサーフェイサーを吹いてある

基礎塗装を完了。下地黒鉄色(下半分)マットブラック(上半分)、その上にオリーブドラブ。エアブラシ持っていないのですべて缶スプレーで塗装

筆で手書きのFURY

錆びの色が明るすぎて派手過ぎ。泥汚し塗料で修正を繰り返す

何とか少し、落ち着きを取り戻す。どろんこイメージが強く、汚し過ぎのきらいも少々

脇腹にぶら下げる丸太を作る。縮尺比ではφ4mm。材料を迷ったが、正月用祝箸の触感が良かったので細く削る。65mmに切り、塗装、乾燥の後で端を削る

ジオラマ撮影用に、画像生成AIに描いて貰った「戦争で破壊された町」

長かった製作も間もなく終わりを迎える。乗組員たちも嬉しそう?

㊗そして完成をみた、地雷踏んでスタック寸前のフューリー号

積み荷はたっぷり、がフューリーのお約束。アンテナはφ0.3mmのステンレス棒を使った

なかなかの迫力、自画自賛!

もっと振り切って汚しても良かったような気もします

映画のワンシーン(上)との比較。履帯の泥が明る過ぎたか

戦車のプラモは少々部品が欠けようが接着剤がはみ出そうが、後で汚すので上手いこと隠れる。プラモは自由だ。次作ではもうちょい振り切ってみよう!
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と、一旦は完成をみたフューリー号では有ったが、
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完成後にゴルフへ行った。7月のクソ暑い中の、霞ケ浦に近いゴルフ場。

ゴルフ場には、日なたでカラカラに乾いた小枝が落ちていた。フューリー号の丸太にちょうど良さそうなのを拾ってきた

そして、迷ったものの元の割りばしの丸太は外し、

出来上がった[改]バージョンがこれで有ります

何となく自然の小枝の方が、情報量は多いような気がします。履帯もこの際、少し黒くしました。
さてようやくフューリー号にも、落ち着ける時が来たでしょうか..
(了)

2023年6月19日月曜日

第3回青少年強化合宿

第1回 青少年強化合宿 一の瀬高原キャンプ場
第2回 同上 本栖湖洪庵キャンプ場(明け方マイナス13℃!)
2回続けてべらぼうな快晴を重ねて来た我がキャンプ軍団、TCG。
若手ドレイ長、ドレイを見てもどうにも晴れ男風では無いがワタクシ、タナカ隊長は公私ともに認める晴れ男。よってこの3人(隊長、ドレイ長、ドレイ)の関係は1✕(-1✕-1)=+1で陽性なのであろう。

そして第3回。
過去2回は4月、1月とまだ冬の気候だったが今回は6月中旬で梅雨のど真ん中。
元々の予定だった前々週6月3日は激しい荒天、翌週10日も雨だった。
そこに来ての2023年6月17日はまさに奇跡の快晴である。

今回のキャンプ場はタナカ隊長の古巣、入笠山を選定した。
来年還暦のワタクシが12~3歳の頃から毎年のように通って来たキャンプ場がここJAハウス(旧名:農協ハウス)キャンプ場。もう45年以上になるが、木が若干太くなった以外は何も変わっていない稀有な場所である。
宿舎(ハウス)が有るのでカブやビーバースカウトのちびっこやキャンプ未経験者も連れて来られる。
先輩や同僚の送別会をわざわざここまで来てやったことも数回ある。みんなでキノコを採って天ぷらパーティーもやった。勇者ヨシヒコの仮装で撮影もした(何しろ45年以上も何も変わっていないプリミティブな場所なのでヨシヒコ風ロケには最適なのだ)。

長くお世話になっている管理人のM澤さんと5月に連絡を取った。相変わらず元気そうなお声だった。上述の通り当初の6月3日をずらして17日~18日の一泊の予約を入れて貰った。

ワタクシ、タナカ隊長が入笠を訪れるのは2021年8月2日以来だ、その時の訪問は管理人のM澤さんがブログに書いてくれている。

45年も来ていればこのキャンプ場では様々な思い出がある。
  • 上司の死と共にヘッドライトの球が切れた2tトラックで夜道を登ったこと(山上のロッジ紅葉軒前の赤電話で会社へ電話して死をたまたま知った)、その晩は0時からスカウトを叩き起こして夜中の撤営。ライトが切れているので明るくなるのを待って荷物満載のトラックで下山、自宅で礼服を取り、トラックでそのまま護国寺周辺の葬儀会場へ。これは20代の頃だから30年以上も前
  • 天狗をモチーフにしたハイキングの祟りか、落雷に直撃されホウホウのテイでテントサイトへ戻ったこと。辺りが全面ピンク色になり落ちた雷は3㍍ほど前で渦のようにぐるぐると火の玉が回った。あれ以来イベントに天狗を使うのはやめた。
まだある。
  • ボーイスカウトのキャンプで撤収下山が間に合わず台風を迎え撃った時。スカウトをテント内に入れたまま、Aテン(三角テント)のポールを強風豪雨の中、何時間も押さえたこと
  • トラックがぬかるみに沈んでしまい地元猟師のジムニーで引っ張って貰ったこと
  • 軽乗用車の2輪が同時にパンクして応急措置でこわごわと帰って来たこと
  • 林道の排水溝のカバーがはねて乗用車のオイルパンを割ってしまい、スカウトをゴンドラと電車で帰らせたこと..
枚挙にいとまがないが45年も通ってりゃそりゃそうだ、積み重ねた年輪が多過ぎる。

そんな回顧をしつつ、キャンプ道具満載のセレナは富士見側から林道に入る。

今朝は府中スマートICを0730に乗ったが既に渋滞は始まっていて、小仏トンネルを出て藤野の辺りまで断続渋滞を強いられた。小淵沢ICで降りていつも通りもののけ姫の乙事(おっこと)集落を通る道で富士見西友で買い出し、の予定だったが、
「リニアの実験走行を観に行こう」とひらめいて、躊躇せず笛吹八代スマートICで降りた。ここからリニアを観られる花鳥山展望台までは10分ほどだ

運よく我々到着の約5分後に、リニアは上野原基地を発車した。ここ笛吹市まで42.9km有るが所要時間は8分だ
このシェルターを出ると実験区間西方の終点。軌道上には架線もレールも無い。この先は静岡県の馬鹿知事が工事を止めてる区間。静岡県にリニア駅が出来ないからと言ってすねるなよな、国策なんだから

リニア見物を堪能した後は下道で行こうと思ったが20号が思いのほか混んでいるので甲府昭和ICから高速に乗った。すると須玉~韮崎の対面通行集中工事にはまってしまい、30分ほどロスをした。それでも下道よりは早かったかな、と思い直して小淵沢IC~乙事~富士見西友で買い物。M澤さん向けのビールも仕込む。

入笠登山林道は沢入駐車場以遠はマイカー規制、沢入駐車場は満車、停められない車が林道に沢山路駐していて危ないことこの上ない。富士見パノラマスキー場駐車場に停める案内をしないと事故が起きそうだ。

泊まりの我々は規制をスルー。
登り慣れた道を上がって大阿原湿原。散策するがモウセンゴケはまだ無かった。
ほどなく八ヶ岳ビューポイント

本日も快晴なり!

お花畑はレンゲツツジが綺麗で沢山のハイカーが居る。待ちに待ったコロナ明けと雨の降らない週末。みな嬉しそうだ。

やがて見慣れたキャンプ場に到着してM澤さんとご挨拶。そこからはこんな風に時間が流れた。
  • おにぎりとカップラーメンの昼食
  • テント2張と小型マーキーの設営
  • 車で入笠登山口へ移動。マナスル山荘に牛乳は無し。ドレイ長とドレイは1,955㍍入笠山初登頂
  • テン場へ戻って晩飯の用意。焚火の準備
  • M澤さんへ持参の酒とシウマイのご献上
ここで朗報!(決してわらしべ長者狙いでは無いが)何と鹿のもも肉が手に入った!

どーんと豪快に炭火焼き!下のBBQ台の網の直径は33㌢

鹿のもも肉を頂けたお陰で晩飯はべらぼうに充実!
パーシャル冷凍で熟成したのか、背ロース肉と同じくらいに柔らかく赤身でヘルシー、食べやすくめちゃくちゃ美味い我が史上最高のジビエ料理になった。鹿肉にはニンニクとポン酢が良く合う。レモンが有ったらもっと良かった。
西友で買って来た牛肉豚肉は影が薄くなったが明日朝も焼肉延長戦、頑張って喰おう。

美味そうデショ!

M澤さんお手製露天風呂を借り、ウィスキー1本空いて、流れ星も幾つか流れた新月の満天星空を観ながら眠る。これほどの極楽が有るだろうか

超快適だった今回のテン場

結構喰い尽くした鹿もも肉。ごちそうさまでした!

朝起きると夜露が思いのほか激しかった。フライもテントもびちょびちょだ。
幸い天候は今日も晴れ。テントやマーキーを陽の当たる場所へ移して乾燥させる。

卵を6個ゆでる。そのあと同じお湯でチンご飯3個とレトルトカレー3個を温める。
フランスパン的なロールパンををホイルでくるんでフライパンで軽く焼き、スライス面にバターを塗る。
フライパンで目玉焼きを3個作り、そのわきでウインナーを炒める。
キュウリをスライスしてウインナーと共にパンに挟み塩を振る。
1本ずつホイルでくるむ。まず昼飯用のサンドイッチとゆで卵が完成した。

何しろカセットコンロ1、鍋1、フライパン1で全部やるので順番が肝心だ。

ごはん、カレーに目玉焼きを乗せて「朝カレー」、
昨日の残りの肉をフライパンで焼いてカレーと共に喰らう。ビールも飲む。
充実の朝飯である。

今日のこの後の行動は、M澤さんの出身地でもある辰野町に有る「日本中心のゼロポイント」を目指すことにした。ここから1.5hほどのところだ。サイトの撤収に入る。

0900 撤収・ゴミ拾いしてM澤さんにさらばを告げ、市道黒河内線で芝平(しびら)峠方向へ下る。通行止めの噂も有るのでその確認も含む。法華道方向~高遠へつながる左の道はやはり通行止めだった。千代田湖方面へ降り、県道490号から国道152号「高遠スケッチ街道」で高遠城址を目指す。
伊那市を右折して箕輪から辰野。ちょうど昨日今日と辰野町ほたる祭りが行われている。入笠のキャンプ場には、さすがに1,700㍍の標高と言うことも有って、蛍は居ないようだった。

ゼロポイントへ行くには大城(おうじょう)山を目指して林道に入るが、とっつきは狭い。道も悪い。大城山展望台に登る砂利道も厄介だ。
そこから先、日本中心の碑と展望台までの道はもっと悪い。落石も多いがやがて本格的な悪路になる。車高が高くなく3人乗ってるセレナには苦行だが何とか耐えてもらうしか無い。

やがて大きな問題の無いままセレナは日本中心の展望台に着いた。
360度の絶景では有るが変化に乏しい山々とはな曇り。それよりもメマトイ(羽化したばかりの大量のコバエが顔にたかって来る)に難儀した。またしてもホウホウのテイで脱出。まったくもう ☜メマトイわちゃわちゃ動画はここに

この写真は22年5月に撮ったもの。この日は晴れて虫もまだ居ず、富士山も良く観えた

これも昨年の写真から。この碑は展望塔に隣接している。この時はクルマでは行けない道だろうと思い込んでいて、自転車で来たのだった

セレナは悪路を、元来た道を戻って大城山中腹を目指す。往きに気を付けておいた落石を慎重に避ける。下りも無事にクリアして、これまた悪路の急な道を登って大城山中腹に車を停める。

辰野の町並み一望の展望が素晴らしい
そしていよいよゼロポイントへ。
ゼロポイントへはここから1.1kmの徒歩。杖が有るのでそれなりに険しい道なんだろうとは思ったが
杖を1本借りて歩き出す

分岐があるあと570㍍地点までは平坦だがここから急な山道を下る。帰りが嫌になるくらい下る。やがて現れるのがゼロポイント標と看板


チコちゃんが認定した「中心の中心」は右上のクイのところだそうだ

日本地図を4つに折り畳むとその中心はどこになるか。
我が町こそ日本の中心だ!と自負する地方自治体は多い。
  • 北海道から九州をカバーする円を描くとコンパスの中心は群馬県渋川市
  • 日本列島を収めると千葉県銚子市
  • 本州を切り取った重心地は長野県小川村
  • 東経135° 北緯35°の交点は兵庫県西脇市 ..
ま、そんな争いの中で今んとこ見事勝ち取ったのがここ辰野町と言うことなんでしょう。

ゼロポイントを後にした我らは急坂を登り切り、クルマに戻ってサンドイッチの昼飯。
ちなみにゼロポイントへの下り上りはニッポンの秘境駅No.5、飯田線田本駅往復に似た感じでした(笑)

【おまけ① 日本ど真ん中を標榜している神社は生島足島神社(長野県上田市)】

【おまけ② 北海道の重心地は新得】

【おまけ③ 飯田線 田本駅の入り口(山道を下って徒歩15分)。なんでこの先に駅が】

思ったよりもゼロポイントに時間を取られ、時刻は13時になった。
20kmは並ぶだろう小仏トンネル渋滞に15時前に入りたかったところだがもう慌てても仕方ない。忘れちゃいけないもうひとつのお約束、おぎのや峠の釜めしを買いに諏訪ICで律義に降り、購入の後に再度高速に乗り直すと次の課題は韮崎~須玉間の対面通行規制。その先もどうやら事故渋滞をきっかけに、まだ14時前なのに小仏トンネル渋滞18km3時間以上◢(更に延びそう)と電光掲示板に出ている。
韮崎の渋滞を避けて小淵沢ICで降り、20号を東進して早く帰りたがっているドレイを石和温泉駅で降ろし、その後は大月の手前を右折で都留から上野原を快適に走った。
上野原ICからは高速渋滞のヒトとなったが予定通り、渋滞にはまっている時間が最も短い快適な帰路になった。
我が家着19時だから、すいている時のちょうど2倍だった。

帰宅後はガソリン入れて洗車してキャンプ道具降ろして、その後は安定のディナータイム。あんずが秀逸

笠を持って入る位に雨が多いから入笠山。確かに45年間良く降られてもいるが梅雨のさなかの今回の快晴は僥倖だった。M澤さん、またお邪魔させて頂きます!
Thanks for Nyuukasayama and M-sawa-san!
(了)

2023年4月17日月曜日

202304北海道塗り潰し計画(ほぼ最終章)

北海道はデッカイドー、行っても行っても行き切れずに積み残しが出るのが北海道。おまけにJR路線の廃線や廃駅、どさん娘ロコ・ソラーレの大活躍なんかが毎年出て来るので行かなければならない強迫観念に駆られるのも北海道。
ひと言で言うなら広くて寒くてまばらで厄介なところ、それが北海道。

50歳を過ぎて利用可能になったJR東日本「大人の休日倶楽部パス」が北海道との距離を急速に縮めてくれた。
JR東日本とJR北海道エリア内連続5日間乗り放題、新幹線も含む特急列車にも乗れて26千円強と言う超お得プライスもさることながら、東京駅から早朝の新幹線はやぶさに乗ればその日の内に最北端稚内駅、最果て網走駅や釧路駅に着けてしまうと言う速達性も兼ね備えている。

しかしながらこのJR大休(オトキュウ)パスでは行けないところが有る。もはや線路が一筆書きで描けるほどに減った道内では、行ける駅・乗れる路線が極端に限られるのである。
最北端稚内から時計回りに網走、知床斜里、根室、釧路、帯広、室蘭、函館、長万部、小樽、札幌、旭川。これら駅には回れるが、かつて鉄道が結んでいたその駅間や、最果て感を醸し出す各岬などへはレンタカーを繰り出すしかない。
そこで安いフライトとレンタカーを組み合わせたプランも実行した。
かくして「乗りつぶし」は鉄道、「塗りつぶし」はフライト&レンタカーのハイブリッドで挑むことになったのが表題の「北海道塗り潰し計画」で有り、今回はその最終章を目指していた。

ここまでの挑戦経緯を振り返ってみよう。

今回の旅直前にまとめたこれまでの北海道上陸経緯ダイジェスト

これは自画自賛、JR北海道現役10特急と臨時特急ニセコ全部乗車の異次元旅

ホントに道中ずっと氷点下の3日間。氷雪の根室、強風の納沙布岬と襟裳岬、▲14℃のジュエリーアイス、▲6℃帯広競馬場名付けレース詰め込み旅 

北京五輪銀メダルを祝っての聖地初上陸。ロコ・ソラーレは滞在中に常呂で行われていた日本選手権(無観客開催)も優勝。ほたて屋の女将と初邂逅

初日をはやぶさ0632東京駅発→北斗→おおぞら→釧路駅経由釧網本線で網走駅2200着まで1,592.2kmを乗る耐久戦。2日目は廃線直前の留萌駅へ行った

その他にも夕張駅葬式鉄や、カシオペア/はまなす葬式鉄などにも出掛けている。もっとも、若い頃は北海道出張に組み込んでボチボチやっていたに過ぎない。前述の通り距離が縮まったのは大休パス以降だ。

さて、今回の旅に戻ろう。
往路:稚内空港IN
復路:帯広空港OUT
同行のひとりが宗谷岬未踏だったので、宗谷岬を越えてオホーツク海沿いを南下、聖地常呂行きはまず決まった。
前述のブログにも書いたが、今回の積み残し回収ポイントは大きく3個、
  1. 樺太で起こった9人の乙女の悲劇を今に伝える猿払電話中継所跡
  2. 北海道で一番小さい音威子府村の、音威子府駅に隣接する天北線資料室。日本一と言われた駅そば屋は我々の来訪を待てずに昨年8月に閉店してしまった
  3. 旧国鉄士幌線タウシュベツ川橋梁跡。夏に湖底に沈み、冬に姿を現す廃線跡のコンクリート製鉄道橋

課題クリアの為の当初ルート案:猿払を越したら音威子府に立ち寄り、再びオホーツク沿いに戻る。常呂から大雪ダム~旧国鉄士幌線跡を南下してタウシュベツ橋梁、そして帯広。頑張って襟裳岬まで行けば北海道真っ二つ縦断

羽田空港→稚内空港はANAしか飛んでいないので一択。ANAの平日7千円休日1万円セールチケットを個々に取って羽田空港集合。
帰路の帯広空港→羽田空港はエアドゥ(ANA)とJALが有り、JAL派の私メは6,600円セールに徹夜して臨んだがシステムパンクでセール中止。止む無くエアドゥのセールチケットに切り替える。苦労したひと晩をどうしてくれるのか、JALの馬鹿野郎。

初日
羽田空港から稚内空港へ

羽田空港→稚内空港は一直線に北上する。満席だったB738から直前にエアバス321に機材変更でラッキー

快晴の稚内空港から宗谷岬~猿払

最北端のセコマで軽食。相変わらず凛々しい間宮林蔵像

宗谷岬は2回目。日本最北端到達証明も更新

宗谷岬からオホーツク海側へ向かい、やがて念願の猿払電話中継所跡。乙女の叫びが聴こえるようだ。課題①クリア

道すがら、旧国鉄興浜北線 豊牛駅跡、斜内駅跡。真ん中の取っ散らかっているのは豊牛駅舎内

北半球の真ん中、オホーツク海側の北緯45°標、枝幸の広場に有った電子基準点

ちなみに日本海側の北緯45°標

北緯45°標の東西位置関係はこんな感じ

こで重大な決断が迫った。今夜の宿は紋別セントラルホテル、夕食付きでラストオーダー21時。夕食はホタテづくしにたらば蟹の付いた豪華なオホーツク御膳なので出来れば19時位には着いて一杯やりながらゆっくり喰いたいもの。ハナから無理な計画と言えばそれまでだが確信犯的に入れておいた音威子府行きが怪しくなった。オホーツク国道から音威子府へ入れば往復+2.5h、ホテル到着は早くても20時30分になる。
苦渋の決断であったが、音威子府行きを潔く諦めた。
実は音威子府行きを諦めるのはこれが初めてでは無い。
2019年鉄道旅の途中で走ったレンタカー(日本海側の北緯45°標へ行った時)の時も、帰路稚内駅発特急宗谷に間に合わない恐れ有りと、音威子府行きを諦めている。
2度有ることは3度有るのかはたまた3度目の正直なるのか。今回は塗り潰しを完遂する予定のところ、また積み残しが出てしまった。かようにデッカイドー北海道、遠くて遠い音威子府、無念の課題②放棄

道の駅雄武は旧雄武駅。マンホールカードをゲット。時間外のご対応をありがとうございました!

そう言うわけで予定通り19時少し前に紋別のホテルに着き、晩飯は19:30からと相成った

夕飯も朝飯も素晴らしいホテルでした。エクステリア・インテリアも綺麗にしたようでお奨めです

2日目:お嬢様との網走ランチをどうするか
ほたて喰い放題と言う豪華な朝飯を終えて本日は0745出発。今日も快晴でラッキー。

蟹の爪オブジェとガリンコ号からスタート。初代ガリンコ号はもろにマグマライザーかサンダーバード4号

中湧別駅記念館。廃駅にしては珍しく、ホーム、線路、跨線橋、貨車が綺麗に保存されていて嬉しいところ

今回は快晴のサロマ湖サンセットパーキング。夕湖さんの名付け由来の場所(らしい)。ここでちょうど10時になり、お嬢様のご意向を確認の後に、網走のレストランを予約する

そして聖地。

ほたて屋の美人女将と再会の後は、常呂神社で必勝祈願のお詣り。嗚呼ザンギを是非一緒に


11時30分のレストラン予約に間に合わせようと能取湖畔をかっ飛ばす。
かくして網走の待ち合わせ場所に定刻11:20着、レストランにもちょうど11:30に着いた。奇跡的な時間配分である。前半のヤマ場を越えてホッとする。
(中略)
昼飯の後は大雪ダムからタウシュベツ橋梁に突入する「まさにこの旅の白眉」が残っている。
網走出発が14時近くになってしまった。大雪ダムまでは126km、2h20mとナビに出る。大雪ダム16時だとその後の行程がきつい。タウシュベツが暗くなる。先を急ぐ。
道路はネッツトヨタ前を通る北見市内でやや混んだ以外は順調で、1510大雪ダムでダムカード入手の快挙!1時間巻いた!!

石北峠を踏破。峠到着は1455。この辺り、翌日は雪が降った模様

このダムカードは価値有りでしょう。大雪山、石狩岳、音更山が綺麗だった。大雪湖(ダム湖)はまだ結氷

ここからは帯広方向へ一路南下しながら旧士幌線モニュメントを探訪。士幌線跡地へはいずれ帯広から上がってみようと考えていたので、網走から来ることになるとは意外や意外。しかしながらゴールを目指して一路下って行くと言うのはなかなか爽快で良いルート選択だ


かつての国鉄士幌線の終着駅十勝三股駅標。木材運搬の為に出来た路線と駅。廃駅廃線までには紆余曲折が有ったようだ

1624、念願のタウシュベツ橋梁展望台に到着。路肩に車を停めて徒歩数分、暗くなる前に着けて良かった。向かい風が強くドローン飛行を断念、またしても無念である

夏はダム湖に沈み冬に姿を現す、もの悲しさ満点のタウシュベツ橋梁。課題③クリア。まだ4月なので近くまで行ける林道はクローズされている

続いて第三音更川橋梁。大きくてしっかり残っている。迫力満点

この付近での最後の訪問地は旧糠平駅。併設の上士幌町鉄道資料館は閉館していた。ヒトは誰も居ないが鹿の群れが居て、やがてどこからかキタキツネが現れた。ちと脅かしたら警戒した

1655、旧国鉄士幌線跡地一連の見学を経て、旧糠平駅を後にする。

この後は帯広駅至近のホテルにチェックイン、近所の居酒屋で北の勝とザンギ。部屋呑みの後に街へ少々繰り出して追加もう一杯。

全国旅行割(HOKKAIDO LOVE!. 割)は宿泊代割引の上に平日宿泊2千円、土曜宿泊1千円分のクーポンがひとりずつ貰えてお得。但し帯広の飲食店の例だと紙クーポンのまま使える店は少ないようで、STAYNAVI登録後に電子クーポンに変えておく必要が有る。配布される紙クーポンのQRコードをスマホで読んでチャージし、支払いはお店のQRコードを読み込んで利用金額を入力する。PayPayに慣れていればダイジョブと言ったところか。ただこう言うもののハードルは年々上がるような気がしますね..

最終日:大雨、しかし基本的には帰るだけなので問題無し

ふく井ホテルの朝食からスタート。和洋中コンチネンタル4種類から選べる。洋食を選択。秀逸


可愛い御朱印の帯廣神社

その後は池田町へクルマを飛ばし「池田ワイン城」でセラーの見学、ドリカム葡萄園の見学

地元出身よしだみが地元中学生たちと植えたと言うドリカム葡萄園。敷地内にはDCTgarden IKEDAと言うドリカム博物館も有る。もの凄い衣装の数。スーパースター

いよいよ旅も最後に近づいた。雨の中を一路帯広空港へ。トヨタレンタカーで返却、走行距離724km。今回も良く走りました

今回ゲットの御朱印と御翔印(馬鹿JALの新商売)


馬鹿JALのお陰でエアドゥ。ボロ機材、羽田混雑影響とかで30分遅れ、羽田に着いたらバスに乗らされる。身分低過ぎ、成田に変えたら?


羽田に政府専用機

今回の最終走行ルート(724km)、稚内空港→A宗谷岬B紋別ホテルC常呂ほたて屋D網走レストランE大雪ダムFタウシュベツ橋梁G帯広ホテルH池田ワイン城→帯広空港。こうやって見るとやはり石北峠越えD→Eが長い


【おまけ】Yumi & Kaho。ふたりは仲良しだそうです

威子府は逃したものの「最も行きにくかった」猿払と浜頓別をクリアしたからまずは良しとするか。音威子府は宗谷本線の廃線や短縮までまだ時間が有る。焦らなくても逃げまい。

馬鹿JALを除けば順調な旅でした。
Special Thanks to 道中お世話になった皆さん&ほたて屋の女将!

2023年4月中旬の旅、北海道はまだまだ冬
See U again! (了)